新シリーズ 淡路島のお城とその地方の歴史

皆さんこんにちは。
日曜日ブログ担当の長尾です。今回から新しいシリーズ(というほどではありませんが・・・・・)をスタートさせていただきます。
というわけで、第一回目は私の故郷でもある、「由良と成山城」です。
では、どうぞ。

成ケ島の地図_02.JPG

由良城は由良港の沖に浮かぶ成島の北端に,
慶長18年(1613年)池田忠雄によって築かれた。
江戸時代末期には由良城の石垣の石が南端に築かれた高崎台場に転用された。
慶長15年(1610年)姫路藩主池田輝政の三男池田忠雄が淡路国六万石を与えられ、
父輝政が岩屋城を築いて重臣が淡路を支配していました。
慶長18年(1613年)淡路の支配は池田忠雄に任され、この忠雄が築いたのが由良城で、従来の由良古城の向かいに浮かぶ成山に築城し、築城に際して岩屋城の部材を転用したといわれています。
大坂の陣の後、淡路国は阿波国徳島藩主蜂須賀至鎮に与えられ、蜂須賀氏は城代として稲田氏を淡路に派遣した。
このとき稲田氏は洲本城を居城とし由良城は廃城となった。
この事を由良引け(ゆらびけ)と呼んでいます。
上記には成ケ島のことを、古城の向かいに“浮かぶ”と表記してありますが、実際は当時は新川口と今川口が陸続きになっており、古川口が開いていました。
しかし、台風の際、被害がひどかったため新川口と今川口を開け、古川口を閉じたそうです。
以上が由良城及び、由良の歴史のあらましです。
今回から、このような形で進めさせていただきますのでよろしくお願いいたします。
それでは次回のブログでお目にかかりましょう。