淡路島の気になる神社(番外編供

皆さんこんにちは、歴史関係ブログ担当の長尾です。
さて、先週のブログで「来週からまた神社の・・・」といいましたが、取材が間に合わず、今回もう一度、黒田如水(官兵衛)のことについて、附則という形で書かせていただきます。

如水.jpg

さて、前回は如水のダークな面ばかり書いてしまったように思うので、今回はすごいところを書いてみたいと思っているんですが、結果的にそうならなくても、ごめんなさい。
ということで、スタートさせていただきます。
前回も言いましたが、如水と言う人は本当にすごい人でした。
あの徳川家康や豊臣秀吉さえもとても恐れていた人ですから。
今までは戦国時代のドラマの中で、そんなに重要な扱いはされてなかったようなので今回大河ドラマで取り上げられるということを聞いた時にはすごく嬉しかったです。
戦国時代の沢山の人物たちの中でも如水は好きな人物のトップ5に入るひとなので・・・。
あんまり文章ですごいすごいといっても伝わらないでしょうから、彼の武勇伝をお伝えすることにしましょう。
 ̄箆12年赤松政秀が、池田勝正、別所安治、宇喜多直家らの支援を受け、姫路城に3,000の兵を率いて攻め込んでくるが、奇襲攻撃を仕掛けるなど、300の兵で2度にわたり戦い、撃退に成功する。
天正5年小早川隆景の水軍の将、浦宗勝を毛利と同盟する三木通秋の所領である英賀に上陸させ5,000の兵で播磨に攻め込ませるが、如水は500の兵で毛利・三木軍を退ける。
E契6年宇喜多直家軍7,000と雑賀衆の兵が、別府(べふ)の阿閉城に攻め込んできた際には孝高が救援し1,000の兵で防ぎ退ける。
などまだまだ書ききれないくらいの功をあげています。
こんなすごい人なので、秀吉も家康も謀反をおこす機会を無くすために彼にはあまり所領を与えなかったと言われています。

最後に如水らしい一言をご紹介します。
息子の長政が功を上げ、家康によくやってくれたと手をとって誉めてくれたことを如水に伝えると、「両手で握られたもう片方の手は何をしておったんじゃ」・・・
意味が深すぎます・・・・。

ではまた次週のブログでお目にかかります。